東海自然歩道ルートガイド
2007.03.29 高槻上の口〜ポンポン山〜大原野〜阪急嵐 山駅
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阪急箕面駅〜竜王山〜高槻上の口 嵐 山〜清滝〜高雄→
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2007年一本目の東海自然歩道歩きは、 2003年に一度歩いたものの、まだ写真を撮ってなかった(ただし、2005年にsusumuさん主催のオフ会で、逆コースで、善峯寺→ポンポン山→高槻上の口と歩いた事はあり)高槻上の口から歩くことにした。
天気は午後から雨が降るとの事。朝のうちはまだ持つということで、午前中でポンポン山は越えてしまおうと思い、6時前に家を出た。

















JR高槻駅からバスに乗り、上の口の一つ先の原立石バス 停で下車。
時刻は午前7時半

原立石バス停に建っていた高槻市の道標
原立石からしばらく田園の中を歩く














山への入り口。
神峯山寺(かぶさんじ)の鳥居がある

(↑)入り口に飾られていた牛地蔵

神峯山寺への途中、檜 尾川への自然巡回路がある。遠回りになるが、本コースになるので、こちらを歩く(→)














 (↑)支流の谷を渡り、階段で上り下り

(←)木 橋で檜尾川を渡り、そこから川と平行するように山腹を歩く

神峯山寺の山門に到着。
ここにはトイレがあるので、用を足される事をお勧めする(本山寺までトイレはない)









神峯山寺

高槻市の山間にある比叡山延暦寺を本山とする天台宗の寺院で、日本で最古級とされる開運福徳の神・毘沙門天像を本尊としています。
秋になると約300本もの紅葉が鮮やかに色づき、なかでも樹齢400年の古木、夫婦紅葉は見事です。自然の地形を生かした庭園には、渓流が流れて趣きも満 点。参道を紅葉が美しく彩り、山門脇には神峰山野草らん園(有料)があり、秋景色と共に野草が楽しめます。

神峯山寺は、根本山と号して天台宗に属し、毘沙門天を本尊とする。寺伝によれ ば、天武元年(683年)に役の行者小角が開山し、宝亀5年(774年)に開成皇子が創建して 歴代天皇の勅願所となりました。朱塗りの仁王門には、運慶作と伝えられる二体の仁王が訪れる人を迎えます。  東伏見宮さまの真筆といわれる「日本最初毘沙門天王」の扁額が掲げられている本堂には、毘沙門天像、聖観世音菩薩立像、阿弥陀如来像をはじめ、文珠菩薩、 不動明王、開成皇子の像など平安時代の貴重なる遺産がずらりとならんでおります。
 当時は仏教の聖地として比叡山(京都府)や葛城山(奈良県)と並ぶ7高山のひとつに数えられ、僧坊21・寺領1,300石に及んだ。皇室の崇敬が厚く、 また足利3代将軍義満や豊臣秀頼の生母淀殿らの寄進も多く、大いに栄えた。秀頼も諸堂を造営したと伝えられる。
 仏像の三体は、国指定の重要文化財。十数棟の伽藍が並ぶ広大な境内は、濃い緑にすっぽりと包まれ、野鳥のさえずりが時折、静寂を破る程の静けさ。本堂の 右手の開山堂には、一本歯ゲタをはいた役行者等身大の像がまつられ、左手の聖天堂には、十一面観音、観喜天、弁財天などの像がまつられています。
 また光仁天皇御分骨塔は、十三重の石塔が千年の風雪を語るかのようにそびえております。古来より皇室との関係は密接で、堂内の飾りや什器類には菊の紋章 がついております。(神峯山寺ホームページより)

















神峯山寺からは、元の車道を歩く。
登りは結構急で、スタミナを消耗する

途中高槻市街方面を見る。
住宅地がもうこんなに遠くにある

2度牛久保方面への道を分岐し、本山寺の駐車場を過ぎる と、簡易舗装の道になる。
かなり急な登りが続く
















「五丁」「四丁」と石柱を見ながら進み、砂利道になり、 石標の前を通る。
この辺りから本山寺の参道のようだ

ここで、本山寺の道を分岐する。
東海自然歩道は本山寺を経由せず、矢印のように砂利道を進むので、今回はそちらを通る

少し行くと、鳥居が見えた。
ここから山道に入る。
ここまで神峯山寺から45分くらい










本山寺

本山寺は、北山と号して天台宗に属し、毘沙門天を本尊とします。役小角(えんのおづぬ)が開き、宝亀年間(770 頃)に開成皇子が創建したといわれます。
 戦国時代には、松永久秀が所領を寄進し、三好長慶や高山飛騨守・右近父子らが寺領の安堵状を出しています。また江戸時代には、高槻城主永井氏や皇室など の崇敬を受け、宝永年間(1705頃)に5代将軍綱吉の生母桂昌院が大改修を加えました。
 境内には開山堂や開成皇子の一石一字経塔があります。聖観音立像、毘沙門天立像などの重要文化財のほか、室町幕府8代将軍足利義政が愛用したという葡萄 日月硯などが伝えられています。
高 槻市-インターネット歴史館:本山寺より)

元日の未明にはポンポン山の登山者に対し、甘酒が振舞われるそうです
















曲がりくねった山道を進むと、本山寺からの道が合流

天気が早くも怪しくなってきた。
ペースを上げながら、整備された緩い登り階段を上る

天然林のトンネルを通る。
下が踏み固められて歩きやすい
















森の中の道。
これで晴れてれば最高のハイキングなのだが、
肌で湿った空気を感じ、雨が近いことを予感さ せる

ポンポン山の頂上に到着。
2時間弱で着けた

ポンポン山の三角点









ポンポン山

古くは加茂勢山と呼ばれていた。
標高679mの頂上に近づくにつれて足音がポンポンとひびくことから通称ポンポン山と呼ばれている。京都市西京区と大阪府高槻市との境にある。
京都市南部や、大阪府高槻市方面への展望が良い

(動画:Quicktime6用QuickTime7以 降用高画質版
















障害者登山の一行が残したのか。
山や町の方角を示した板が残されていた

雨が降りそうなので、さっさと山頂から引き上げる事に。 しばらくは歩きやすい尾根道

釈迦岳への道となるおおさか環状自然歩道を分岐。














(↑)手すりの付いた滑りやすい岩坂を一気に 下った

下ると川沿いの道。
ここで雨が降り出してきた
(→)

杉谷の田畑に。雨脚が強くなってきた
















杉谷にある大きな看板

杉谷で左折して車道を進む

突き当たりで右折して県道733号線に入り、すぐ左折
















墓石がたくさん置かれている所を通過。
雨がきつくなってきた

森の中へ。
途中つづれ折の急な下りを経て、金蔵寺へ

金蔵寺(こんぞうじ)の門。
200円の志納金となっている









金蔵寺

養老2年(718年)に元正天皇の勅願で創建。宗派は天台宗。
平安京が作られた際、新都の平安を祈念して経文が収められたことから、西の岩倉と呼ばれた。
応仁の乱の兵火により焼失したが、徳川綱吉の母、桂昌院により江戸時代に再建。
山の斜面、石垣と石段の間に堂宇が建ち並ぶ。高さ約12メートルの産(さん)の滝、鳥帽子岩、影向松などがあり、眺めもすばらしい。
また紅葉の名所でもある。

















門の前にある一部の塗装が剥げた看板

ショートカットの急な下りを降り、県道へ

すぐに県道から外れ、急な山道を下る。
入亀山霊園で県道をかすめ、また山道へ
















竹が混じる山道を下る

県道に合流→また離れる。
階段で石作町の集落の中の生活道へ

ここで、合流した後はしばらくは県道を進む















長峰の集落。
ここで左折して、県道から離れる










県道 を5分歩くと、さっき通った集落が小さく見える。
山がすぐ近くに迫り、道がクネクネに曲がらないと、奥の山に登れないことが分かる。
クネクネをショートカットするために、さっき県道から付いたり離れたりしてたわけだ

竹やぶの中の車道を行く
















この辺りから大原野。
南春日町近くの四差路を左折、再び山の方向に

大原野を描いている人を見かけた

正法寺の入口。
大きな石があった









大原野神社

延歴3年桓武天皇が都を奈良から長岡京(現向日市)に遷されたとき、天皇はしばしば大原野に遊んで鷹 を放たれた。藤原氏の人や多くの供奉の人達はこの美しい風景を賞でて氏神春日大社の分霊を遷し祀ることにした。これが当神社の起りである。
その後、約60年を経た嘉祥3年(850)に左大臣藤原冬嗣を祖父とする文徳天皇は冬嗣長年の願望を 想い出して、壮麗な社殿を造営された。
仁寿元年(851)始めて勅祭がな行われ、春秋二季を例典とされた。はじめ藤原氏の一族では女が生ま れると、中宮や皇后になれるように、この社に祈り、幸にして女が祈願通りの地位につくと美くしく行列を整えて参拝することが例となった。なかでも寛弘2年 (1005)3月8日に中宮彰子が本社に行啓、御父左大臣藤原道長、紫式部以下がお供をした、その行列の絢爛さは、人々の眼をみはらせたと云う。
また清和天皇の皇后藤原高子が、まだ皇太子の御息所であった時、当社へ参詣になり、供奉の在原業平 が、「大 原や小塩の山もけふこそは 神代のことも思い出づらめ」との和歌を詠じて奉ったことは、有名である。
このように由緒正しく、また栄えた神社であったので、六国史、大鏡等は勿論、源氏物語、その他有名な 古典には当社のことがしばしば書きとどめられている。
大原 野神社ホームページ:由緒より)
















大原野神社の入り口鳥居
車道からはずれ、石段へ

大きな門が見えた。これが勝持寺の山門か
















門にあった像

勝持寺の石段

花の寺こと、勝持寺の入 り口









勝持寺

花の寺と呼ばれる勝持寺は、天台宗の寺。白鳳8年(680)、天武天皇の勅願で神変大菩薩役の行者が創建したのが はじまりで、延暦10年(791)、最澄 が堂塔伽藍を再建し、薬師瑠璃光如来を刻んで本尊としたと伝わる。瑠璃光殿に安置されている本尊の薬師如来、その胎内仏、金剛力士像は重文で、日光、月光 菩薩、西行法師像も見られる。平安歌人の西行は、保延6年(1140)、この寺で出家し、西行と名を改めて庵を結び、一株の桜を植えて吟愛したという。そ の桜を西行桜といい、この寺を花の寺と呼ぶようになった。高遠閣からの眺望が美しく、桜や紅葉の名所でもある。
JR 東海:そうだ 京都、行こう:勝持寺(花の寺)より)

隣には、国宝の本尊如意輪観音及び重要文化財の薬師瑠璃光如来のある願徳寺もあります。
紅葉・桜ビデオが見れます→ココ

















小塩山から来た府道141号線に合流して、竹やぶの中の 緩い下りを行くと、奥に洛西ニュータウンの高層住宅が見えるように

桜のつぼみが少しずつ開き始めてきた

県道を出て、背高なアブラナの花の横を通る














民家の木の横を進む











民家の脇に大量に咲いていた

茶色の畑と奥の洛西ニュータウ ン。
自然と人工建築が隣り合わせで異様な光景だった
















右折して、柿畑をしばらく進むとバス通りとなっている旧 丹波街道(現在府道10号線)に入る

西長と呼ばれるこのあたりには、柿畑の農園直売所がたく さんあった

柿畑の農園
















府道10号線をそのまま進むと、国道沓掛交差点に。その まま直進して、道幅の広い国道9号線を横切った。
このあと橋を渡り右折。
旧山陰道を少しだけ進み、小さな池の前から住宅地へ

やっとここで、正午になった。
ここからは広い桂坂の住宅地の中を進む

住宅地の中の遊歩道が東海自然歩道となっていた。車の進 入におびえずに、進める。
道標も完璧に整備。
桂坂の住宅会社のホームページによると、この道は春・秋の草花をテーマにした道だそうだ
















団地の中の道沿いに いろいろな草花が咲いていた

引き続き、住宅地の中に設けられた遊歩道(木漏れ日緑 道)を行く(大枝北沓掛町)
















桂坂センター前辺りで、バス通りの車道に出て東に進む

京都府内の東海自然歩道には分かりにくいところに、この ような地図入りの道標が設けられている。
これは便利!(御陵大枝山町にて)

桂坂名物(?) ロータリーを進む
















大枝山古墳群の遺跡公園である桂坂公園の中を進む(「大 きな緑道」と名づけられている)
住宅地の中にあるが、それを感じさせない

住所が御陵峰ヶ堂町に変わり、ついに住宅地が終わり、森 の中へ入ってゆく

竹やぶの中を下る道を進む。
2003年に自然歩道を歩き、桂坂団地に迷い込んだときに通った道だった










2003年時点では この道は、住宅地の開発中のためか東海自然歩道でなく(一時的に外されていたのだろう)、国道9号線沿いの歩道が迂回路になっていた。
同時はもちろん道標もなかったが、強引に突っ切って降りたのを覚えている。
















下は土道、しかも両側は竹。
歩きやすく、癒される道であった。
200〜300mごとに道標ができていた

竹やぶの中の道を出ると山沿いの住宅地に出た。
ライトバンが出てきた道に左折

竹の寺と呼ばれる地蔵院の入口









地蔵院(竹の寺)

臨済宗の寺で一休禅師が幼少の頃、修養された寺でもある。孟宗竹や真竹が美しい林をなしている。貞治6年(1367)、細川頼之が創建し、かつては大寺院 であったが、応仁の乱で諸堂を焼失した。昭和に再建された本堂には、本尊の延命安産地蔵菩薩と、夢窓国師や頼之の像が祀られている。銅製の千手観音は鎌倉 時代の作で、重文。方丈前の枯山水の庭にはさまざまな形の石が配され、十六羅漢の庭という。頼之と開山の宗鏡禅師の墓は細川石とよばれている。(JR 東海:そうだ 京都へ、行こう:地蔵院(竹の寺)より)

西芳寺(苔寺)

行基が1250年前の天平年間に開山し、暦応2年(1339年)に藤原親秀が夢窓疎石(夢窓国師)を招いて再建。
夢窓疎石作庭の庭園が有名。池泉回遊式、枯山水の二段構えで、銀閣の手本ともなった。枯山水は枯滝組や蓬莱式の石組で、数ある枯山水の中でも屈指の石組み と言われる。また下流の心字池を中心とする4つの島で形成されている池泉回遊式の庭園には、通路以外にびっしりと100余種類の苔が生えており、雨が降る と水もあいまって美しい姿を見せる。
また再建当時から唯一残っているとされる建物の「湘南亭茶室」は、国の重要文化財に指定されている。
金閣は当時この寺にあった瑠璃殿を模して作られた。

なお、ここの拝観には前もって往復葉書での予約が必要である。
さらに、般若心経の写経・奉納などの宗教行事を本堂で行ってからでないと、庭園の拝観はできない

















狭い道をそのまままっすぐ進むと、苔寺のバス停に

西芳寺川を華厳寺橋で渡る

鈴虫寺の別名がある、華厳寺。
縁結び・恋愛成就の寺として知られる
ホームページ
















鈴虫寺前にある茶店

松尾大社までは狭い住宅地の中の道を行く。
道標が整備されていて、注意して歩けば迷うことはない

松尾大社の摂社である月読神社。
主祭神である月読尊を崇敬した聖徳太子が祀られている。また「月延石」という安産の霊験があるとされる石も奉納されている









松尾大社

京都最古の神社で、朝廷から奉幣(神に捧げ物を奉ること)が受けられた名神大社二十二社の中の上七社のうちの一 つ。
太古この地方一帯に住んでいた住民が、松尾山の神霊を祀って、生活守護神としたのが起源といわれる。
5世紀ごろ、渡来人の秦氏が山城国一帯に移り住み、松尾山の神(大山咋神)を氏神とした。大宝元年(701年)、勅命により秦忌寸都理(はたのいみきと り)が現在地に社殿を造営。同時に山頂に近い大杉谷の「磐座」と呼ばれる巨石から神霊をここに移した。
秦氏は酒造の技術も日本に伝えたことから、中世以降、松尾神は酒造の神としても信仰されるようになった。

















お酒の資料館横にある松尾大社の大鳥居

松尾大社からは、桂川沿いのコースもある(2003年に はそちらを歩いた)が、今回は山側の住宅地を嵐山まで歩くことに

阪急嵐山駅の近くにある「円月べんとう」で知られる汲月 園












中の島公園から渡月橋と嵐山を見る。
(動画:Quicktime6対応Quicktime7 以降対応高画質版

途中雨にたたられながらも、高槻上の口から6時間ちょっとで歩ききった。
前回が7時間半くらいかかったので、今後に自信が持てる一日だった。

帰りに乗った阪急電車


ついに阪急嵐山駅に到着。











中の島公園にある日中不戦碑




















交通
[高槻側]
高槻市交通局のバスが、JR高槻駅北より乗車できます。
高槻駅では1番乗り場でご乗車ください。
上の口バス停までは10分に1本あり(上の口止まりと、原大橋、仁科、中畑など行き)。上の口からは、自然歩道までは5分くらい歩きます
自然歩道の最寄の原立石(上の口の次です)には、20分に1本あり(
原大橋、仁科、中畑など行き)。
詳しくは高槻市の公式ホームページ内の該当ページへ。

[長峰・南春日町(正法寺・大原野神社付近)、西長付近]
いずれも京阪京都交通のバスがあります。いずれも非常に 少ないです。

また南春日町からは、阪急バスが1時間に1本あります

国道沓掛まで歩いた方がバスの本数的にいいでしょう。
またコースからはずれ、風情は悪くなりますが、洛西ニュータウンまで歩いて、バスに乗るのも一考です。
時刻:長 峰、南春日町(京 阪京都交通阪急バス)、西 長出荷場前(いずれも土休日。平日へのリンクもあります)

[沓掛・桂坂団地]
国道沓掛からバスに乗るのが確実です。亀山方面からのバスが30分に一本あります。ほとんどが桂駅や京都駅にも直通しています(時 刻)。
また桂坂団地には桂 坂センター前桂 坂中央(いずれもロータリーの付近)など、バス路線が網のように走っています。こちらも桂駅、京都駅行き、向日町行きがあります。桂駅・京都行き はおよそ15分〜30分に一本です。

運行は京阪京都交通と京都市バス(桂坂中央〜向日町はヤサカバス)です。

[苔寺]
京都バスが運行。時刻表はこちらです。

[松尾大社]
鉄道は阪急嵐山線が15分に1本あり(松尾駅)。
松 尾大社前より京都バス(20分に一本くらい)、また、松尾橋を渡った松尾橋バス 停より京都市交通 局の市バス(10分に一本)があります。

[阪急嵐山]
阪急嵐山線の電車があります。嵐山発の時刻はこちら
渡月橋を渡れば、市バス・京都バス・JR・京福電鉄嵐山線といたれりつくせりです。

[JR向日町駅、阪急東向日駅]
阪急バスが運行する南春日町行きのバスあり。
(時刻:JR向日町阪急東向日

[桂駅]
西 口東 口に分かれています(乗り場)。 西口からは桂坂中央行きが、東口からは桂坂中央、亀岡(国道沓掛)行き、長峰(一日に一本、しかも夕方なので、ほとんど使う意味はないが)行きがありま す。京都市バスと京阪京都交通の運行です。
また阪急嵐山線で松尾、嵐山へ行けます。

[JR京都駅]
長峰(一日一本)・桂坂中央・JR亀岡(国道沓掛)行きはこ ちら(京阪京都交通:バス乗り 場の地図
苔寺、松尾大社、嵐山行きはこちら(京都バ ス:乗り場の地図
松尾橋へはこ ちら(京都市バス:乗 り場の地図

[その他]
善峯寺〜杉谷間約30分歩きがありますが、JR向日町〜阪急東向日駅〜善峯寺 間を走っている阪急バスを使う方法もあります善峯寺とセットで歩かれるのもいいかと思います(2005年のsusumu さん主催のオフ会善峯寺スタートでした)。
時刻はJR向日町善峯寺です。
ただし16時頃までしかバスがありませんので、ご利用は計画的に^^。
団体さんならタクシーを使って、割り勘されてもいいかもしれません。

ルートマップ(ALPS routeより)

今 回 のコー ス
(7:10 JR高槻駅〜)7:30 原立石バス停〜8:00 神峯山寺〜8:45 本山寺分岐〜9:27 ポンポン山 9:30〜10:00 杉谷〜10:25 金蔵寺〜11:15 勝持寺〜11:55 国道沓掛〜12:15 桂坂団地ロータリー〜13:00 苔寺〜13:15 松尾大社〜13:35 阪急嵐山駅

壁 紙集(解像度1024×768:自由 にダウンロード していただけます)→壁紙集のページもご訪問くださ い
花 ポンポン山への山道 花の寺入口 白とピンクの花 白い花びら 
藁葺き塀  嵐山の川と木と山 

参考資料:
■北摂高槻近辺山歩きコース案内
http://www.eonet.ne.jp/~dohi/index.html
■Wikipedia:ポンポン山(近畿)

URL
■京都市観光文化情報シ ステム:金蔵寺
http://kaiwai.city.kyoto.jp/search/view_sight.php?ManageCode=1000261&InforKindCode=1
■宅地販売 西京 桂坂
http://www.katsurazaka.jp/
■京都の世界文化遺産を 訪ねる:西芳寺(苔寺)
http://www.y-morimoto.com/kyoto_isan/koke.html
■JR東海:そうだ 京都、行こう:西芳寺(苔寺)
http://kyoto.jr-central.co.jp/kyoto.nsf/spot/sp_saihouji
■Wikipedia: 月読神社(京都市)
URL
■松尾オリジナルホーム ページ(公式ページ)
http://www1.neweb.ne.jp/wa/matsuo/
■Wikipedia:松尾大社
URL










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